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広告主の圧力、政治家の圧力(滝鼻 卓雄著『記者と権力』から) [マスメディア]


記者と権力

記者と権力

  • 作者: 滝鼻 卓雄
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/04/20
  • メディア: 単行本



著者は、讀賣新聞の記者であり経営者もつとめた方。

「あとがき」によると執筆動機は、次のようなもの。「プロの役割を果たせるジャーナリストを目指す若い人たち、将来ジャーナリストを一生の仕事にしたいとこころざしを抱いているもっと若い人たちに向かって、少しでも役に立てばと思い立って、この本を書いた。混迷に陥ってしまった今日のメディアの状況が改善されればという願いもあった。」

経験に裏打ちされた情報は、たいへん勉強になる。


以下は、ジャーナリストへの「圧力」をどうみなすべきかが記された部分。

******以下、引用******

権力者たち、それが政治家であっても公務員であっても、ときには宗教的な指導者の場合でも、彼らに可能な限り接近して取材することは、ジャーナリストの大切な使命である。中でも国民に知らせたくない秘密を握っている公務員は、本来隠すべきでない事項であっても、ことのほか秘匿したがる。または、ルール上「秘密」であっても、そのルールが間違っていることもある。

最近の「事件」だが、自民党の一部の国会議員が、言うことを聞かないメディアに対しては、広告主を使って圧力をかければいい、というような発言をして問題になった。これに対して、ほとんどのメディア(新聞社やテレビ局の組織メディア)は、「言論への圧力」というとらえ方をした。

しかし私の考え方は少々違う。

まず一部の政治家の新聞社についての理解が間違っている。私の経験でいえば、記者時代も新聞経営に関わった時代でも、広告主の圧力はあったが、それで記事を曲げた経験はない。取材を中止したこともない。中止させたこともない。

いまごろになって例として出されては、その企業には迷惑なことだろうが、1970年代にホンダの小型車が“欠陥車”と指摘されて、社会問題に発展した事件(N360事件)があった。 そのとき私は検察庁を担当していて、欠陥車事件を追っていた。ホンダ関係者とも接触したが、ホンダ車の広告掲載に関して、広告を止めるような“圧力”に直面したことはない。反対にホンダの広報担当が、会社にとって有利な情報も不利な情報も積極的に出してきた記憶の方が残っている。

いまの企業広報の担当者は、広告主という立場を使って、新聞社に圧力をかけることが、企業にとっていかに不利に働くかをよく理解している。

もう一方で間違った理解が見られるのが、メディア側の反応だ。一部政治家の抑圧的な言動を「言論に対する圧力」ととらえていること。政治家がメディアに何らかの注文をつけたとしても、それを「言論への圧力」と感じるのであれば、メディアの力があまりにも脆弱ではないか。

政治家の言動を「圧力」と感じるか、それとも「言論と公権力との闘い」と受け止めるのかによって、闘いの中心線は全然違ってくる。

「われわれは圧力を受けている被害者だ」というのは、受け身の姿勢に見える。反対にジャーナリズムを「公権力をはねのける闘い」ととらえれば、それはメディアの積極的な姿勢に映る。この二つの姿勢の違いは大きい。二つのスタンスを見比べるとき、ジャーナリストが本来備えているべきマグマ(その時代の重大な事実をつかもうとするエネルギーのようなもの)がどこかへ消えてしまったのでは、とはっと気がつく時がある。

国家のリーダー、自治体のガバナー、労働団体の指導者、宗教組織の指導者、経済界における成功者等々、絶対的な権力を握っている者は、ジャーナリストを「味方」とはけっして考えていない。むしろ「敵」あるいは「厄介な存在」とみている。もう少し噛み砕いて言えば、絶対的な権力者は、自身に都合のいい折には「味方」につけて、自身の進行に邪魔になったら「敵」と考えて排除したがるものだ。

**以上『覚書3 権力者たち』から**

週刊文春が目指すもの(「週刊文春」編集長の仕事術 から)
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2017-05-30-1


「週刊文春」編集長の仕事術

「週刊文春」編集長の仕事術

  • 作者: 新谷 学
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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