So-net無料ブログ作成
検索選択
日本史 ブログトップ

目次『昭和維新史との対話 検証5・15事件から三島事件まで』保坂正康・鈴木邦男著 [日本史]





ざっと通読して印象に残るのは・・・

「思想」をきちんと持てという励まし

「右」だの「左」だのと安易に分けることなく、「行動」の背後にある「思想」の有無、中身をしっかり見ろということ。きちんと歴史を踏まえて考えろ、ということ。


(以下、目次)

まえがき 鈴木邦男

第1章 国家改造運動の群像
国家改造運動とは? 前提となる3つの視点
大正天皇と虎ノ門事件
統帥権と大善ーーなぜ昭和はこんなスタートを切ったのか?
大善という独善
「統帥権」の時代
血盟団事件

第2章 五・一五事件と農本主義
橘孝三郎の思想とは?
北一輝とは何者であったのか?
農本主義はなぜ東北にしかないのか?

第3章 軍事学なき〈軍人大国〉
日本文化に挑戦した日本軍
大東亜戦争・太平洋戦争の3つの過ち
戦後も苦しみ続けた兵士たち
日本は兵士の冥福を祈ったのか?
戦友会で話されること
ロシア兵を背負う日本兵が伝えたこと
昭和史のテロリズム
国民皆兵というターニングポイント
兵隊と地方気質
理念なき戦争への一歩とは?

第4章 未完の国家改造運動と日米開戦
二・二六事件から翼賛体制へ
国家改造運動の多様性
開戦と開戦詔書の問題点
東條英機はなぜ首相になったのか?
戦争の呼称がなぜ決められないのか?
さまざまな軍の実態

第5章 戦後の革命家たち
「ヤルタ・ポツダム体制批判」の視点
日本型エリートの原型と功罪
戦前の革命家たち
三島由紀夫と楯の会
鼻をつまんで生きてきた時代とは

第6章 国家改造運動の残したもの
戦後の思想のバックボーンとは?
戦後の相克
公文書を燃やしてしまう国
言葉が軽んじられる時代
残酷な世界を生きる
“自虐的”だと力を発揮する国
正史に記述されてない日本人
涙のテロリズム
今も惹かれる昭和史の残影
希望ではなく絶望の名の下に

注 / 関連年表

あとがき 保坂正康


大右翼史 (1974年)

大右翼史 (1974年)

  • 作者: 荒原 朴水
  • 出版社/メーカー: 大日本一誠会出版局
  • 発売日: 1974
  • メディア: -


上記書籍について、鈴木邦男氏は次のように語る

そもそも一般論として、思想の有無を批判したり、注目して考えるという習慣が稀薄ですよね。僕が幸運だったのは、若い頃に素晴らしい先生、思想家がいたんですね。福田恒存とか三島由紀夫、松村剛とか、そういう志を持った人たちの指導を受けて勉強していましたから、幸せだったと思いますね。荒原牧水という人の『大右翼史』というぶ厚い本にも影響を受けました。これはすごい本で、千ページぐらいありますし、刊行当初、皆と言っては失礼だけどほとんどの人が評価しなかったですよね。あのボリュームじゃ、そもそも買う人いないから。いくらなんでも千ページですからね。書いた本人は、売れると思ったのかな?なんかゴリゴリの右翼の主張というか思い込み満載本かなと思って嫌だったんですけど、とんでもない誤解で、後で読んでみたら右翼史を詳細に考察したものすごい本でした。

保坂氏は・・・

僕の場合、『大右翼史』を入手したのは橘孝三郎さんが薦めてくれたからで、ずいぶん前に入手したものですけど、今でもあの本はとても便利な事典でもありますよ。 p264,265

*********

(以下 p268,269「公文書を燃やしてしまう国」から)

保坂:そうなんです。軍なんかが公文書を燃やすというのは、結局、我が身かわいさだけですもんね。それが許せないんです。

鈴木:その点、自分の思想を伝えるとか、主張を訴えるというところは軍や政府よりも民間の思想家たちのほうが真剣だし、必死ですよね。権藤成卿さんの著作などを読みますと、難しいですよね。当時の愛国を志す人たちも、それを一所懸命読んで、その思想を我がものにしようとしていますよね。その勉強ぶりはすごいものだと思います。



鈴木:今は自分の思想を必死で言葉にして伝えようとする人は、少ないですよね。あるいは逆に、昔の日本人が想いを言葉にすることに異常にこだわっていたということもあるかも知れませんが。犬養毅の「話せば分かる」も有名ですし。





トラックバック(0) 
共通テーマ:

山崎雅弘著『天皇機関説事件』 から [日本史]


「天皇機関説」事件 (集英社新書)

「天皇機関説」事件 (集英社新書)




超国家主義者:蓑田胸喜に、トイレで会う
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-05-10

**以下、「はじめに」から一部引用****

★「立憲主義」が失われた日本で何が起こったか

天皇機関説は、天皇という古い制度を近代国家の枠組みに整合させる「仕掛け」であったのと同時に、天皇の特権的地位を根拠とする政治権力が、コントロールを失って暴走するのを防止するための「安全索(ワイヤー)」のような存在でありました。

しかし、天皇を(形式的に)崇拝する一部の人間が「神聖不可侵で唯一無二の崇高な存在であらせられる天皇陛下に『暴走防止のワイヤー』をかけるなど、畏れ多いことで、そんなことを主張する人間は、天皇を馬鹿にして見下しているに違いない」と、制度の仕組みの全体像ではなく一部分の関係性だけを見て言いがかりをつけ始めた時、天皇崇拝の立場を保ちながら、合理的な「仕掛け」としての天皇機関説を説明することは困難でした。

その結果、「天皇」あるいは「権力」と「近代国家」をかろうじて結び付けていた、天皇機関説という「ワイヤー」が、バチンと大きな音を立てて切断され、「権力の暴走」を止める安全装置が失われました。

天皇機関説事件のあと、昭和天皇が、権力を握る「支配者」として暴走することはありませんでした。しかし、この事件と国体明徴運動が起きた1935年以降、当時の国家指導部で大きな発言力を持っていた「軍部」が、天皇の名において、あるいは天皇の名を借りて、事実上の「最高権力者の代行人」として、国の舵取りという「権力」をわが物顔で振り回し始めた時、もはや誰もそれを止めることはできませんでした。

天皇や神などの「絶対的な権威」をいわゆる「錦の御旗」として掲げ、合理的な異論や反対を権威の力で押しつぶし、その旗を掲げる特定の集団が過剰な権力を持つようなことを、制度として予防する。これも、憲法と「立憲主義」の重要な役割ですが、天皇機関説事件は、「神の子孫であらせられる天皇陛下」という存在が、特定の集団(軍部)が過剰な権力を持つことに道を開くことになった、きわめて重要な出来事だったのです。

言い換えれば、先の戦争における日本の内外での悲劇は、日本国内の政治制度において「立憲主義」という安全装置が壊れたことによる、史上空前の規模で発生した「大惨事」であったと見ることも可能です。

太平洋戦争での破滅的な敗北(1945年8月)にいたるまでの昭和史は、一般に「軍部の暴走」というシンプルな言葉で表現されることが多く、当時の「大日本帝国憲法」に根本的な欠陥があったから、あのような「軍部の暴走」を許したのだ、というイメージで見る人も少なくないようです。

大日本帝国憲法は軍部の暴走を許す内容だったから、あんな事態が起きたのだ、と。

しかし、実際には明治や大正、そして昭和初期の日本人の中にも、史実のような「最終的に自国を破滅へと向かわせる暴走」が起きうることを想定し、あらかじめ制度面で何らかの対策を講じておく必要があると考える人は少なからずいました。

本書でこれから光を当てる美濃部達吉も、そんな思慮深い日本人の一人でした。

彼は決して、天皇を馬鹿にして見下すような人物ではありませんでしたが、いくつかの理由で美濃部を敵視する人間たちは、彼の憲法に関する著作や過去の発言から、断片的な言葉(片言隻句)を切り取って抜き出し、前後の文脈とは関係ないかたちで「これは天皇を馬鹿にする言い草ではないか」と威圧・恫喝し、天皇という「絶対的な権威」を自分の側に置くことで反論を封じながら、相手を追い詰めるというやり方をとりました。

それでは、具体的にどのような段階を踏んで、美濃部は議会で糾弾され、当時の憲法学説で主流とされたはずの天皇機関説が、その価値を全否定されていったのか。

まずは、今から82年前の1935年2月に時計の針を戻し、その頃は「参議院」ではなく「貴族院」であった帝国議会(当時の国会)の本会場での激しいやりとりの様子を、時空を超えた傍聴席から見ていくことにします。
****ここまで「はじめに」から****

**ここから「あとがき」部分抜粋引用**

本書の主題は天皇機関説事件であり、事件が収束した後で拡大した国体明徴運動については、紙幅の関係上、ごく簡単にしか触れられませんでした。1930年代後半の国体明徴運動と、それが第二次大戦期の日本社会と日本軍の戦争遂行にどのような影響を及ぼしたかについては、拙著『戦前回帰』(学研プラス)で

戦前回帰

戦前回帰

  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 学研マーケティング
  • 発売日: 2015/09/01
  • メディア: 単行本



より詳しく紹介しましたので、本書と合わせてお読みいただければ幸いです。

また、現代の日本における国体思想の復活と、立憲主義を揺るがす政治的な問題については、拙著『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)で具体例を挙げて説明していますので、こちらもご参照いただければと思います。


日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/07/15
  • メディア: 新書



「天皇機関説」事件 (集英社新書)【目次】
第一章 政治的攻撃の標的となった美濃部達吉
1 貴族院の菊池武夫が口火を切った美濃部攻撃
2 美濃部攻撃の陰の仕掛け人・蓑田胸喜
3 美濃部達吉が述べた「一身上の弁明」
4 当代随一の憲法学者・美濃部達吉
5 国会の内外でエスカレートする「美濃部叩き」

第二章 「天皇機関説」とは何か
1 天皇機関説と天皇主権説(天皇神権説)
2 上杉慎吉と美濃部達吉の「機関説」論争
3 文部省も加わった天皇機関説の排撃運動
4 美濃部擁護の論陣を張った「帝国大学新聞
5 昭和天皇も認めていた天皇機関説の解釈

第三章 美濃部を憎んだ軍人と右派の政治活動家
1 「陸軍パンフレット」に対する美濃部の批判
2 軍人勢力各派は「機関説問題」にどう反応したか
3 右翼団体による「機関説排撃運動」のエスカレート
4 騒動を岡田内閣打倒に利用しようとした立憲政友会
5 美濃部が『憲法撮要』に記した「統帥権」の意義

第四章 「国体明徴運動」と日本礼賛思想の隆盛
1 次第に追い詰められた岡田啓介首相
2 急激に力を持ち始めた「国体」というマジックワード
3 岡田首相の第一次国体明徴声明の発表
4 さらに激しさを増した美濃部と機関説への糾弾
5 消えかけた火を大きくした美濃部の「第二の弁明」

第五章 「天皇機関説」の排撃で失われたもの
1 窮地に立った岡田内閣と第二次国体明徴声明
2 天皇機関説事件から二・二六事件へと通じた道
3 美濃部の学説と共に排斥された、自由主義と個人主義
4 際限なく称揚される「天皇」「国体」という錦の御旗
5 実質的に機能を停止した日本の「立憲主義」

トラックバック(0) 
共通テーマ:

『徳川がつくった先進国日本 (文春文庫)』 磯田 道史著 [日本史]


徳川がつくった先進国日本 (文春文庫)

徳川がつくった先進国日本 (文春文庫)




本書をとおし〈江戸時代の天下泰平が築かれ、維持されて〉いった過程を見ることができる。1637年(寛永14年)の〈「島原の乱」から「生類憐れみ令」にかけての社会の大きな転換が、後の泰平の礎になっている〉。〈この時期に実現した「平和の到来」があったからこそ、江戸時代の社会は、幾多の危機を乗り越え、泰平を維持することができた〉。〈宝永地震と巨大津波にみまわれながらも成熟した農村社会をつくり上げられたのは、平和を背景に知的な農民たちが努力する環境を与えられていたからです。さらにその後の天明の大飢饉で農村社会が破綻に追い込まれると、今度は幕府や藩が民政重視へと転換し、福祉政策の真似事をはじめ、民間社会を支えはじめました。そしてロシアとの対外危機では、幕府が国を守る鎖国観念を醸成することで、その後の華やかな江戸文化の隆盛を守ることができました〉と著者は記す。

1806年の「露寇事件」、1783年の「浅間山噴火・天明の飢饉」、1707年の「宝永の地震・津波」、1637年の「島原の乱」を時代のターニングポイントと捉えている。生命の尊重、人権意識が天下泰平の礎となり、地震・津波・飢饉といった天災を経験する中で、為政者と民との関わりのダイナミズムによって(という表現を著者はしていないが)望ましい支配のあり方が探られ、選び取られていった過程を、時間をさかのぼりながら論じている。

本書の醍醐味は、一般の歴史教科書とは異なるその論述の仕方にある。江戸の昔を語る本ではあるが、現代日本を照射する内容をもっている。今起きている、政治問題等を理解する上での参考にもなる。

徳川様の世は、今よりもずっと上?(磯田道史著『徳川がつくった先進国日本』から) 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-06-26

(以下、目次)

はじめに

第1章 「鎖国」が守った繁栄 1806年(文化3年)
「徳川の平和」の岐点
文化爛熟期に起きたウェスタン・インパクト
ラクスマン、レザノフと日本との出会い
ロシア船襲撃事件
開国論と鎖国論
武力衝突の回避へ
「民命」の重さ

第2章 飢饉が生んだ大改革 1783年(天明3年)
幕府中興の祖、吉宗の行った改革
田沼政治の功罪
前近代の政治は「財政あって福祉なし」
浅間山の噴火から天明の飢饉へ
飢饉が明らかにした政治の矛盾と限界
名代官の時代
幕藩体制の転換

第3章 宝永地震 成熟社会への転換 1707年(宝永4年)
新田開発へと雪崩を打つ
上道郡沖新田の干拓事業
大地震と津波の甚大な被害
環境破壊と自然のしっぺ返し
豊かな農村社会へ

第4章 島原の乱 「戦国」の終焉 1637年(寛永14年)
徳川時代の幕あけ
生瀬(ナマセ)の乱の凄惨な事実
「徳川の平和」への助走期間
島原の乱とは何か
武士が払ったコスト
愛民思想の芽生えと「武断」から「仁政」へ
武家政治の大転換
「平和の到来」をもたらした「生命の尊重」

参考文献 年表


トラックバック(0) 
共通テーマ:

「働く青年」と教養の戦後史: 「人生雑誌」と読者のゆくえ 福間 良明著 筑摩選書 [日本史]





高度経済成長が進む中で、経済的な理由で進学を断念し、町工場や商店などに就職した若者たち。低賃金、長時間労働、そして孤独な日々。そんな彼ら彼女らが熱心に読んだのが「人生雑誌」と総称される雑誌だった。その代表格『葦』『人生手帖』は、それぞれ八万部近く発行されるまでになった。「生き方」「読書」「社会批判」を主題とするこの雑誌に、読者は何を求めたのか?人生雑誌の作り手側にも光を当てながら、この雑誌とその読者がいかなる変容を遂げていったのかを描き出す。戦後史の空白を埋める貴重な労作である!

序章 格差と教養と「人生雑誌」

第1章 戦争の記憶と悔恨ーー荒廃と復興の時代
1 「葦」の創刊
2 「学歴への鬱屈」という駆動因
3 知識人への憎悪と憧憬
4 想像の読者共同体

第2章 人生雑誌の隆盛ーー集団就職の時代
1 「人生雑誌の時代」の到来
2 大衆教養文化と貧困・格差
3 「上京」と左傾のアンビバレンス
4 勤労青年による転覆戦略

第3章 大衆教養主義の退潮ーー経済成長と消費の時代
1 「政治の季節」と人生雑誌の衰退
2 学歴をめぐる変化と「就職組的発想」の衰退
3 「昭和元禄」と「教養」の齟齬

第4章 「健康」への傾斜と人生雑誌の終焉
1 経済成長の歪みと「健康」志向
2 教養の後景化と健康雑誌への転換
3 人生雑誌の余燼

終章 人生雑誌に映る戦後ーーエリート教養文化への憧憬と憎悪
1 大衆教養主義の磁場
2 人生雑誌と大衆教養主義の終焉
3 戦後史の歪みの照射

エピローグ 註 図版出典一覧



集団就職《高度経済成長を支えた金の卵たち》

集団就職《高度経済成長を支えた金の卵たち》

  • 作者: 澤宮 優
  • 出版社/メーカー: 弦書房
  • 発売日: 2017/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)

帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)

  • 作者: 天野 郁夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書



消えゆく「限界大学」:私立大学定員割れの構造

消えゆく「限界大学」:私立大学定員割れの構造

  • 作者: 小川 洋
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2016/12/28
  • メディア: 単行本



増補新版 「格差」の戦後史: 階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)

増補新版 「格差」の戦後史: 階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)

  • 作者: 橋本 健二
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/12/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



トラックバック(0) 
共通テーマ:

『宣教師ザビエルと被差別民』 沖浦 和光著 筑摩書房 [日本史]


宣教師ザビエルと被差別民 (筑摩選書)

宣教師ザビエルと被差別民 (筑摩選書)




フランシスコ・ザビエルが宣教師であることはもちろん承知していたが、被差別民との関係については全く知らない。しかし、本書主題においては、「と」で結ばれ並べられてある。これはオモシロイと思った。それで手にした。

期待していた以上にオモシロイ。ザビエルの出自、生い立ち、はるばる日本へ来たいきさつ、日本への渡航を手引きし後に信者となった日本人アンジローのこと、将来を嘱望してヨーロッパ派遣した日本人信徒ふたり(ベルナルドとマテオ)のこと、ザビエルが中国に向かい、亡くなった後インドのゴアに運ばれ、そのミイラ化した遺体が安置されていることなど、歴史の教科書にみる著名な肖像画の主が、実在しただけでなく実際どんな人物であったか・・知ることができる。さらには、イグナティウス・ロヤラなど若者7人ではじめた「イエズス会」の宣教の方針、それが中世修道会(Ordo)ではなく「会:Societas」を名乗った理由、彼らがどのように未信者たち(時に、人食いの慣行もある地域にも分け入り)に向って行ったのか、その向った先に「被差別民」がいたこと・・も知ることができる。

さらに、オモシロイのは、当時のヨーロッパ、ならびに日本の歴史的状況が興味深く語られることだ。ヨーロッパ世界の宗教改革・大航海時代を背景にバスク地方出身のロヨラ、ザビエルらは宣教活動をはじめる。片や日本の状況は、次のように記される。《ザビエルの一行が上陸した頃は、戦国時代の末期で、戦国大名が各地に割拠して室町幕府の権力は完全に無力化していた。応仁の乱以来のほぼ1世紀にわたる内乱によって国土は荒廃し、多くの民衆が戦乱の犠牲となり、その日の糧に苦しむ貧民・窮民が絶えなかった。「天変地異」もしきりに起こり、水害・旱魃・疫病・地震なども相次いだ。/ しかし、他面では「下克上」の風潮が広がり、〈一向一揆〉に代表されるような民衆の反権力闘争が高揚し、都市や村々の自治的基盤が固まっていく時代であった。・・・(「1世直し闘争としての一向一揆」)》当時の日本は、貴族・有力者のものであった宗教に大きな変化の生じる時期で、そのような中、ザビエル一行は、地方大名や民衆に受け入れられていく。

著者は、現地と歴史を行き来する。現地に足を運び、その報告を交えて記述をすすめる。「賤民制の推移」についての歴史的記述を含める。著者はずっと差別問題を思想史レベルで考慮してきた人物であるそうな。「2015年没」とある。本書が遺著であるという。評者にとって、本書ははじめての沖浦体験である。著作集も刊行されているようだ。過去の著作にも目をとおしてみたいと思わせる著作であった。



沖浦和光著作集第5巻 瀬戸内の民俗と差別

沖浦和光著作集第5巻 瀬戸内の民俗と差別

  • 作者: 沖浦 和光
  • 出版社/メーカー: 現代書館
  • 発売日: 2016/12/12
  • メディア: 単行本


続きを読む


トラックバック(0) 
共通テーマ:

『出雲国誕生』 大橋 泰夫著 吉川弘文館 [日本史]


出雲国誕生 (歴史文化ライブラリー)

出雲国誕生 (歴史文化ライブラリー)





当初、本書について、古事記・日本書紀に記され、「大和」に対立するものとして存在したという「出雲」についての「神話」とされるモノを事実として裏付ける書籍であるかのように思ったが、そうではなく、奈良時代のはじめ(西暦713年)に元明天皇によって調査報告を命じられ、20年後に完成した『出雲風土記』に文献史学的検討を加え、さらに考古学、歴史地理学等の研究成果を踏まえて、律令制に基づいて設置された「地方支配の拠点」としての《出雲国府を中心とする出雲国の姿について、みていく》という内容。

本書によると、『風土記』は常陸・播磨など幾種類か残っているが、そのうち《ほぼ完全な形で伝わるのは、『出雲風土記』だけ》であるという。そして、《『出雲風土記』に示された出雲国の姿は、七世紀後半代に領域的な国が成立しそれにともない国司が派遣され、国府が成立したことを契機に官衙や官道が一体的に整備された状況を示している。・・略・・/ 出雲国のあり方が示すように、七世紀末頃に国府が独立した点については、国の骨格が形成され在地社会が大きく変容する契機となった点にその意義がある。この時期は古代国家にとって大きな画期であり、全国で国府成立を契機として国の形成が進んだ。こうした国府創設の実態が明らかにされているのが、出雲風土記である(「古代出雲国の成立」)》とある。それゆえ、本書は、出雲国だけでなく、他の「地方支配の拠点」の「誕生」と成長を示すものでもあるのだろう。


出雲国風土記 (講談社学術文庫)

出雲国風土記 (講談社学術文庫)

  • 作者: 荻原 千鶴
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/06/10
  • メディア: 文庫



常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

  • 作者: 秋本 吉徳
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2001/10/09
  • メディア: 文庫



トラックバック(0) 
共通テーマ:
日本史 ブログトップ